2010年02月01日

lalala lalala 言葉にできない、小田和正

昭和57年(1982)の 今日


2月1日は



オフコースの シングル



【言葉にできない】



が 発売された日



オフコースに とって



23枚目のシングル


この歌は



小田和正に とって とても 大切な歌



何度も この歌を唄うとき 涙で 歌えなくなることもあったとか



この歌は



元々 アルバムの中の 曲




アルバムを 作っていた時に



アルバムの 核に なる 曲が欲しいと 考えた


小田和正は



ラララを 歌詞に 入れることを 考え 苦心の末



このような 歌詞にしました




(終わる筈のない 愛が 途絶えた

いのち 尽きてゆくように



ちがう きっと ちがう 心が 叫んでる


ひとりでは 生きてゆけなくて


また 誰かを

愛している


こころ 哀しくて


言葉に できない



lalala lalala


lala lala lalala

lalalalalala
言葉に できない



あなたに 会えて

ほんとうに よかった


嬉しくて 嬉しくて


言葉に できない)


こうして



今から 28年前の 今日



【言葉にできない】



は アルバム



【オーヴァー】



から シングルカットされました



オフコース 解散後も



小田和正は 歌い続け



さらに



この歌が



明治生命の CMに 使われ



反響を巻き起こし



また 映画



【手紙】



の 挿入歌に なるなど



いずれも 多くの人の 涙を誘いました



あなたも CMを 見て 歌を聴いて 涙が こみ上げたんじゃ ありませんか?




さて ここで


音辞苑 アーカイブス



昨年



2月1日の記事は



【ああ〜永田貴子は 実は 男だった〜】



いや びっくりしましたね



まさか



永田貴子が 男だったとは



長らく 女性だとばかり思っていました(涙)  
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2010年02月01日

マスカレード 叫ぶ竜神 オペラ座の怪人

平成7年(1995)の今日


2月1日は



trf(現TRF)


の シングル



【マスカレード】


が 発売された日



trf 音辞苑 今年


早くも 2曲目の登場



【マスカレード】

は 9枚目のシングル



カメリアダイヤモンド の CMソングに なりました




マスカレード とは



仮面舞踏会のこと



オペラ座の怪人を 題材に 怪しい 仮面舞踏会の夜の 恋を描いています




作詞作曲は



小室哲哉




(オペラ座の幕開け 落ちる シャンデリアに


あの日 目を 覆った 隣の あなたは 微笑む



コートに くるまった 私は 全てを 見せない


かけひきじゃなく

プロテクション


かけ値無しの


プロモーション


熱く 強く 激しく
昂る



マスカレード


燃えつきそう


火照る 体から



叫ぶ 竜神よ


あなたを 抱きしめて



恋は いつの日にか


愛に 変わるとき


見違える程に


優しさ あふれ出す



マスカレード〜)




この歌は 発売されると 初登場1位に なり



trfに とって

4枚目のミリオンセラーとなり



1995年の年間シングル売上


15位に なりました



【オペラ座の怪人】



は よく 歌の題材になりますが



B'zの



【LOVE ファントム】



は 特に有名ですが



こちらの 曲については



昨年10月1日の音辞苑


【B'zと、オペラ座の怪人】



で 取り上げました  
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2010年02月01日

I believe myself 信じることで〜

平成18年(2006)の今日


2月1日は


絢香が 歌手デビューした日





絢香 音辞苑では


昨年


9月27日



【絢香、三日月への思い】




そして 今年

1月7日



【みんな空の下】


で 取り上げました



絢香の デビュー曲は



【I believe】



デビュー曲が いきなり ドラマ主題歌 に 使われました



その ドラマとは



冬ソナで 一躍 日本で 知られた


涙の女王こと


チェ・ジウ と



竹野内豊 が


競演した



日韓共作 の ドラマ



【輪舞曲(ロンド)】




ドラマが スタートすると 話題となり



まず ダウンロード で 配信が スタート



42日で 100万ダウンロード 突破し


なんと 女性歌手の デビュー曲としては 史上最短の記録となります


(この胸の中に 隠れてる 不安のうず


目の前にある

自分の進むべき道は どれか


人に 流されてた日々



そんな 自分に

さよなら



I believe

myself


信じることで


全てが 始まる 気がするの



wow I believe

myself


あたたかい 光は


まちがっちゃいない


歩いて行こう



I believe)




CDが 発売されると これまた 新人歌手としては 驚異的な 売上を 見せ



初登場3位に ランキングされ



女性ソロ歌手の デビュー曲が

ベスト3に 入ったのは



中島美嘉 以来


約5年ぶりの 快挙となりました





そんな




絢香は 昨年末を もって 音楽活動を 休止しています




さて ここで


音辞苑アーカイブス




昨年



2月1日の記事は



【織田信長、破天荒な歌手デビュー】




昨年の大河ドラマで



織田信長を 演じた



広島出身のあの方の 今日は デビュー日



彼の歌手人生も 織田信長 のように 破天荒でした  
Posted by メトロ at 12:21Comments(0)TrackBack(0)音楽

2010年02月01日

こいさんを、好きになりました。

平成6年(1994)の今日


2月1日は



歌手の



藤島桓夫【ふじしま・たけお】


が 亡くなった日


昭和30年代を 代表する 歌手の一人ですよね




藤島桓夫は


大阪の電話局職員から歌手になった異色の男


昭和25年に レコードデビュー



昭和29年に 発売した



【初めて来た港】


が 初のヒットとなりました




作詞作曲



豊田一雄



(初めて来た この港 たった 四、五日 だけど


汽笛ひと声 別れるつらさ


泪で うるむ

街灯り

さいはての 港)



続く



【かえりの港】



(島へ 寄らずに このまま ゆこか

沖の鴎よ 情けあるなら ヨー


伝えておくれ

愛しあの娘は

愛し あの娘は


かえりの 港)



続く



【さよなら港】



(錨を あげて
船は 離れて行くよ


恋の港よ

何時[いつ] また 逢える

半年過ぎて また来る日まで



みんな 元気で いておくれ


船は 行く

船は 行く


さよなら港)



豊田一雄作詞作曲の 港三部作が いずれも 大ヒット


マドロス物で 大スター となり



昭和31年



【かえりの港】


で ついに 紅白歌合戦に 初出場しました




そんな


藤島桓夫は



1人の作曲家の人生を 大きく変えました



それが 昨年


12月6日の音辞苑



【世間の冷たさが作らせた名曲】



で 特集した



遠藤実



遠藤実は 歌手の夢破れ 流しをしながら 生活をしていました


そんな ある日


歌っていた遠藤に近づいてきた男がいました



その人こそ農民詩人



松村又一【まつむら・またいち】



遠藤と 松村は

年は 違うものの 何故か 意気投合



松村は ある日、遠藤に


1つの 詩を 見せます



(こんな 淋しい 田舎の 村で

若い心を 燃やして、きたに


可愛い あの娘は

俺[お]ら を 見捨てて


都へ 行っちゃった


リンゴ畑の

お月さん 今晩は


噂を きいたら

教えて おくれよなあ)




遠藤は この詩の


リンゴ畑の お月さん 今晩は


の フレーズに 苦労した 故郷 新潟での 日々を思い 涙で眺めた あの日の月を思い浮かべ



いっきに メロディを 書き上げました



これこそ



昭和32年の



【お月さん今晩は】



この歌を



藤島桓夫が 歌うことになり



レコードが 発売されると 大ヒット



遠藤実の出世作となり


これを 機に プロの作曲家として 歩みだし



一方



藤島桓夫も マドロス以外の ヒットを 飛ばし


紅白に この歌で

2回目の出場となりました




以降



松村又一 作詞


遠藤実 作曲



藤島桓夫のコンビで




【アンコなぜ泣く】



【凧凧あがれ】


が ヒット



そして



昭和35年に


藤島桓夫に めぐって来た 歌こそ


【月の法善寺横町】



作詞は



十二村哲【とにむら・てつ】



作曲


飯田景応【いいだ・けいおう】



当時 大阪物の歌は ヒットしないと言われ



さらに 歌の途中に 藤島の台詞が 入りますが


これまた 歌手自らの 台詞が 入る歌も ヒットしない ジンクスが ありましたが覆すヒットになりました



十二村 の 歌詞は

若き板前 と お店のお嬢さんとの 恋を 描いた ドラマチックなものでした



(包丁 一本 晒[さらし] に まいて


旅に 出るのも


板場の修行


待ってて こいさん 哀しいだろが


ああ 若い 二人の
想い出 にじむ

法善寺


月も 未練な

十三夜



台詞(こいさんが
私[わて]を 初めて


法善寺へ 連れて来て くれはったのは


藤よ志 に 奉公に 上がった 晩やった



早[はよ]う 立派な 板場はんに
なりいや


言うて 水掛不動さんに お願いして くれはりましたなア



あの晩から


私は こいさんが

好きに なりました)




この歌で 紅白にも 出場



大坂のお嬢さんを こいさん と 呼ぶ のも 広く知られることになりました



他にも



【村の駐在所】


等のヒットを飛ばした




藤島桓夫は 懐メロ番組にも 欠かせない 歌手でした




紅白歌合戦出場7回



そんな


藤島桓夫は



平成6年(1994)


の 今日


2月1日


高血圧性脳出血の為 66歳で

この世を去りました
  
Posted by メトロ at 02:38Comments(2)TrackBack(0)音楽