2009年11月17日
必ず一曲は知っている! 童謡のヒットメーカー。弘田龍太郎!
昭和27年(1952)
の 今日
11月17日は
童謡作曲家
弘田龍太郎【ひろた・りゅうたろう】
が 亡くなった日
童謡のヒットメーカーとして あまりにも有名ですが
名前を知らなくても 必ず一曲は 学校で 習ったことがあるはず
弘田龍太郎の 恩師 が これまた
童謡のヒットメーカー
【赤い靴】
の 作曲者
本居長世
東京音楽学校、在学中に
弘田龍太郎が
作曲したと言われているのが
大正2年の
【鯉のぼり】
作詞者 不祥
(甍[いらか]の波と 雲の波
重なる波の 中空を 橘かおる 朝風に 高く 泳ぐや
鯉のぼり)
当時 童謡の作者の名前を 伏せて 発表することが多く 最近になって 作者が判明することが多く
この歌も
弘田龍太郎作曲説が 一般的に なっています
さて その後
名曲を数々
生み出した
弘田龍太郎
特に 名コンビ だったのが
7月4日の音辞苑
【お手々つないでの タイトルは?】
で 取り上げた
童謡作詞家
清水かつら
大正8年
清水かつら 作詞
弘田龍太郎 作曲
の
(お手々 つないで 野道を行けば
みんな かわい
小鳥になって
唄を うたえば
靴が鳴る
晴れた み空に
靴が鳴る)
の
【靴が鳴る】
大正9年には
(叱られて 叱られて あの子は 町まで お使いに
この子は 坊やを ねんねしな
夕べ さみしい 村はずれ
コンと きつねが
なきゃせぬか)
の
【叱られて】
そして
(ちいちい ぱっぱ
ちい ぱっぱ
雀の学校の先生は
ムチを ふりふり ちいぱっぱ)
の
【雀の学校】
さらに
(お母さま 泣かずに ねんねいたしましょ
赤い お船で
父さまの かえる
あしたを 楽しみに)
の
【あした】
そして
童謡詩人
鹿島鳴秋【かしま・めいしゅう】
との コンビでは
大正8年に
(赤いべべ着た
可愛い 金魚
お眼を さませば ご馳走するぞ)
の
【金魚のひるね】
そして大正9年
(青い月夜の浜辺には 親を探して
鳴く鳥が
波の国から 生まれでる
濡れた つばさの
銀の色)
の
【浜千鳥】
そして
大正7年には
北原白秋作詞の
(雨が ふります
雨が ふる
遊びに 行きたし
傘は なし
紅緒の 木履[かっこ]
も 緒が切れた)
の【雨】
そして
大正12年
5月8日の音辞苑
【春よ来い】
で 取り上げた
相馬御風【そうま・ぎょふう】
作詞の
(春よ来い 早く来い 歩きはじめた
みいちゃんが
赤い 鼻緒のじょじょ はいて
おんもへ 出たいと 待っている)
の
【春よ来い】
等々 今も 歌い継がれる 数々の 名曲を残した
弘田龍太郎は
昭和27年(1952)
の 今日
11月17日
60歳で この世を去りました
今回は 歌詞の 説明をしませんでしたが
5月8日と
7月4日の
音辞苑 で
相馬御風
清水かつら
の 特集で
2人が歌詞に込めた 思いを 紹介しています
そちらも あわせて 御覧ください
弘田龍太郎作品
あなたは 何曲知っていましたか?
また 好きな
弘田作品ありましたか?
の 今日
11月17日は
童謡作曲家
弘田龍太郎【ひろた・りゅうたろう】
が 亡くなった日
童謡のヒットメーカーとして あまりにも有名ですが
名前を知らなくても 必ず一曲は 学校で 習ったことがあるはず
弘田龍太郎の 恩師 が これまた
童謡のヒットメーカー
【赤い靴】
の 作曲者
本居長世
東京音楽学校、在学中に
弘田龍太郎が
作曲したと言われているのが
大正2年の
【鯉のぼり】
作詞者 不祥
(甍[いらか]の波と 雲の波
重なる波の 中空を 橘かおる 朝風に 高く 泳ぐや
鯉のぼり)
当時 童謡の作者の名前を 伏せて 発表することが多く 最近になって 作者が判明することが多く
この歌も
弘田龍太郎作曲説が 一般的に なっています
さて その後
名曲を数々
生み出した
弘田龍太郎
特に 名コンビ だったのが
7月4日の音辞苑
【お手々つないでの タイトルは?】
で 取り上げた
童謡作詞家
清水かつら
大正8年
清水かつら 作詞
弘田龍太郎 作曲
の
(お手々 つないで 野道を行けば
みんな かわい
小鳥になって
唄を うたえば
靴が鳴る
晴れた み空に
靴が鳴る)
の
【靴が鳴る】
大正9年には
(叱られて 叱られて あの子は 町まで お使いに
この子は 坊やを ねんねしな
夕べ さみしい 村はずれ
コンと きつねが
なきゃせぬか)
の
【叱られて】
そして
(ちいちい ぱっぱ
ちい ぱっぱ
雀の学校の先生は
ムチを ふりふり ちいぱっぱ)
の
【雀の学校】
さらに
(お母さま 泣かずに ねんねいたしましょ
赤い お船で
父さまの かえる
あしたを 楽しみに)
の
【あした】
そして
童謡詩人
鹿島鳴秋【かしま・めいしゅう】
との コンビでは
大正8年に
(赤いべべ着た
可愛い 金魚
お眼を さませば ご馳走するぞ)
の
【金魚のひるね】
そして大正9年
(青い月夜の浜辺には 親を探して
鳴く鳥が
波の国から 生まれでる
濡れた つばさの
銀の色)
の
【浜千鳥】
そして
大正7年には
北原白秋作詞の
(雨が ふります
雨が ふる
遊びに 行きたし
傘は なし
紅緒の 木履[かっこ]
も 緒が切れた)
の【雨】
そして
大正12年
5月8日の音辞苑
【春よ来い】
で 取り上げた
相馬御風【そうま・ぎょふう】
作詞の
(春よ来い 早く来い 歩きはじめた
みいちゃんが
赤い 鼻緒のじょじょ はいて
おんもへ 出たいと 待っている)
の
【春よ来い】
等々 今も 歌い継がれる 数々の 名曲を残した
弘田龍太郎は
昭和27年(1952)
の 今日
11月17日
60歳で この世を去りました
今回は 歌詞の 説明をしませんでしたが
5月8日と
7月4日の
音辞苑 で
相馬御風
清水かつら
の 特集で
2人が歌詞に込めた 思いを 紹介しています
そちらも あわせて 御覧ください
弘田龍太郎作品
あなたは 何曲知っていましたか?
また 好きな
弘田作品ありましたか?
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この記事へのコメント
春よ来い、鯉のぼり
とか知ってます!
とか知ってます!
Posted by →まこ at 2009年11月17日 13:04
まこ くん ぐらいの 若い世代でも 知ってる曲 あるんだから
弘田作品は 歌い継がれているってことじゃね〜
弘田作品は 歌い継がれているってことじゃね〜
Posted by メトロ at 2009年11月17日 13:40


