2010年02月05日

歌謡曲創成期伝説! 作曲家阿部武雄

昭和43年(1968)

の 今日


2月5日は



作曲家



阿部武雄【あべ・たけお】



が 亡くなった日



この人も 昭和歌謡創成期を


代表する作曲家



阿部武雄は 小さい頃から


ヴァイオリンに親しみ


音楽学校卒業後



一時 満州に渡り

その後帰国



阿部武雄は


凍てつく 満州での日々を 思いながら


1つのメロディを 生み出しまた


そのメロディを 聞いた



昨年8月16日の音辞苑



【浪花の傷だらけの母逝く!】



で 取り上げた


作詞家の


藤田まさとが


レコード会社を紹介



さらに



阿部のメロディを 生かす為に


藤田は 歌謡曲の作詞家ではなく


北原白秋門下の


大木惇夫に 作詞を依頼します



大木惇夫 は 広島出身で


平和公園内に 詩碑が あるんです



そんな話しは



昨年7月19日



【広島平和公園に、大地讃頌】





で 取り上げました



昭和9年



阿部のメロディに

大木は こんな詩を つけました



(橇の鈴さえ 寂しく 響く


雪の曠野[こうや]
よ 町の灯よ


一つ 山越しゃ

他国の星が 凍りつくよな


国境[くにざかい])



こうして 誕生したのが



【国境(こっきょう)の町】



売り出し中の歌手


東海林太郎が 歌い 大ヒット



【赤城の子守唄】


に 続く 東海林のヒット曲になり


50万枚の 大ヒットとなり



阿部武雄の ダイナミックな メロディは 多くの人々を魅了



阿部 この時32歳



昭和10年には


佐藤惣之助作詞


東海林太郎歌の


【むらさき小唄】


も 大ヒット



(流す涙が お芝居ならば

何の苦労も あるまいに


濡れて 燕の

泣く声は あわれ
浮名の 女形[おんながた])




阿部が専属になった レコード会社 ポリドールは


東海林太郎の 活躍で 飛躍


そして



東海林太郎宿命のライバル



昨年7月29日




【戦場に散った、悲劇の歌手】



で 取り上げた



上原敏【うえはら・びん】


が 入社



ここに


阿部と 上原の ゴールデンコンビが 誕生




昭和12年


藤田まさと 作詞の




【妻恋(つまこい)道中】



(好いた 女房に
三下り半を

投げて

長脇差[ながどす]

永[なが]の 旅


怨む まいぞえ

俺等[おいら]の ことは



またの 浮き世で

逢うまでは)



続く 同じコンビの



【流転】



(男 命を 三すじの 糸に かけて

三七[さんしち]

さいの目 くずれ


浮き世 かるたの

浮き世 かるたの

浮き沈み)



続く



【裏町人生】



(暗い 浮き世の この 裏町を

のぞく冷たい
こぼれ陽よ


なまじかけるな

うす情け


夢も わびしい

夜の花)



昭和13年



【鴛鴦(おしどり)道中】



(堅気育ちも 重なる度に


いつか はずれて 無宿者


知らぬ 他国の

たそがれ時は

俺も泣きたい ことばかり)



4曲とも



阿部作曲


上原 歌 で


連続ヒット



日本が戦争へ突入して行く中



阿部のメロディは
つかの間の 安らぎを 与え 親しまれ


古賀政男 や


服部良一と 並ぶ 国民的作曲家となりました



昭和19年



上原敏が戦死



戦争は ついに

国民的歌手の命まで 奪ってしまいました



やがて 終戦


阿部の 新しい作品が 期待されていました しかし


ジャズやブギウギ等の 曲が 流行する中



阿部のメロディは 時流に 合わなくなったのか



出す曲出す曲 ヒットせず



戦後 阿部のメロディが 街から 流れることはなく


阿部は ヴァイオリン片手に


盛り場で 流しを 始めます かつての ヒットメーカーにしては 悲しい 戦後



しかし孤高の作曲家 だった


阿部武雄は


51歳の時初めて 結婚 子供にも
恵まれ


もう 一度 作曲家として 復活することを 夢見ながら



昭和43年(1963)


の 今日


2月5日


66歳で この世を去りました



そんな 阿部のメロディに 憧れた
若者が 作曲家となりました


その人の名は


船村徹


あの 北島三郎の

師匠




船村は 自分も 阿部メロディのような 曲を作りたい と 思いながら作曲を続け 数々の ヒット曲を生み出しました




阿部武雄から

船村徹へ 見事に バトンが 渡りました




ここで 音辞苑アーカイブス



昨年



2月5日の記事は



【盲目の天才 血と汗と涙の 風雪ながれ旅】



高橋竹山 と 言う人を 知っていますか?


伝説の津軽三味線奏者



彼は 盲目が故に


数々の 苦労が ありました



高橋竹山の波瀾の生涯とは?


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この記事へのコメント
「国境の町」は、「異国の丘」と、同じイメージが湧いてきます。
Posted by johjoh at 2010年02月05日 06:43
ジョーさん そうですね



【異国の丘】


は 4月に 取り上げる予定ですが


作曲者の



吉田正が シベリア抑留時代に 曲を 作ったみたいですね



国境の町 も


異国の丘も


名曲ですね



国境の町 の 詩を 書いた人の 詩碑が 平和公園内に あるのを 知らない人も 多いみたいですね
Posted by メトロ at 2010年02月05日 11:52
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